チェンバロ製作者じゃった、スタインゆう名前の楽器製作者が、1775年に独自のエスケープメント機構を兼ね備えたピアノの製作に取りかかったんじゃ。
ほいであんなぁは、当時のピアノとしちゃぁ、ぶち弾きやすい軽やかなタッチじゃったゆわれとるほどのピアノの製作に成功したんじゃ。
きょうびじゃぁ、ピアノのハンマーアクションの完成度も高くなってきとり、えっとの作曲家に受け入りゃぁじめた。
ほいで、1756年にオーストラリアで7年戦争が勃発したことをきっかけに、えっとの楽器製作者が移住を開始したんじゃ。
この7年戦争をきっかけに、えっとの楽器製作者はイギリスやフランスに移住するんじゃ。
『南ドイツ・ウィーン派』としてゆわれとるなぁ、スタイン、ジルベルマン、シュトライヒャーやらの製作者じゃ。
『イギリス・フランス派』としてゆわれとるなぁ、ブロードウッド、エラール、プレイエルやらの製作者じゃ。
大きゅぅこの2つにわけられますけぇの。
1777年に、モーツァルトがスタインのピアノを弾く機会があり、ぶち感激したんじゃ。といわれとるんじゃけぇの。
その結果、モーツァルトはスタインのピアノを晩年まで愛用したそうじゃ。
驚いたことに、当時のピアノにゃぁダンパーペダルはまだ無く、棚板下にあるレバーをひざで操作するタイプのダンパーじゃったそうじゃ。
ほぃじゃが現在のピアノんように鉄骨フレームや鋼鉄弦が使われとったわけじゃぁないけぇ、それ程音量も大きゅぅなかったため、止音のあまりようないダンパーであっても充分演奏にゃぁたえるもんじゃったそうじゃ。